Musikfreunde"燦"

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演奏会後の大事なお仕事

事務局長の稲垣です。

約2年くらい前から企画していた演奏会も終わりましたが、幹事としては、まだもう少し最後の仕事が残っています。

一番大きいのが会計処理です。

前回までは私が入出金の管理含めてやっていたのですが、今年は同じテノールのKさんにやっていただいております。

演奏会に関わる入金は団員からの参加費や、チケットの売上等になるので、それほどバリエーションがあるわけではありません。

お預かりしたお金を無事に口座に届けるのがメインイベントです。

#それなりの金額なのでちょっとドキドキ。

大変なのは出金の方で、1年前には必要になるホールへの支払いに加えて、各種練習会場の費用、チラシやプラグラムの作成と印刷、先生や練習ピアニストの方への謝礼、楽器レンタルなど、多くの費用が細かくかかってきます。

大抵の場合は、皆で分散(立替え)しながら対応しています。(感謝!)

最後、それらの入出金を整理をして、個別清算しながら決算書類としてまとめていきます。

今はやり方を整理したので、領収書の残しかたや検証方法もスムーズになっています。

なんか、過去は結構頭を悩ましていたような記憶もありますが、人間、嫌なことは忘れるようにできているようで、ずっとこの効率的なやり方でやっていたような錯覚に囚われます。

🎵人間って、いいな。

とはいえ、一枚一枚確認していく必要があるのは同じなので、地道な作業が続いています。

ということで、最後の整理まであともう少し、決算書類ができて残金の確認ができれば、あとは会計監査をして皆に報告して、一応、一区切りでございます。

会計報告含めて幹事会で諸々整理したあと、ゆっくりまったりお酒を楽しみたいと思います!

 

何のための演奏会か?

事務局長の稲垣です。
 
演奏会が終わってからまだ1ヶ月経っていないのですが、すでにはるか遠くの出来事のようです。
 
音楽に限らず、またプロ・アマチュアに限らず色々なイベントを企画して実行するのは、裏方だけでなく、演者も含めて多くの労力を掛けています。
 
皆さん、それぞれご事情を抱えているので、必ずしもポジティブなことばかりで無いと思うのですが、それでも一生懸命、他の用事と調整しながら時間を捻出し、取り組んでいます。
 
何故、そこまで努力するんですかね。
 
お客様に関しても、わざわざ日程をご調整いただき、当日には、ホールへのアクセスと開場時間とを見定めながら家を出る時間を決め、ありがたいことに途中で贈り物をご準備いただけることもあります。
 
大学で混声合唱を始めてから卒業後も、濃淡あれどずっと合唱に携わってきたので、多くの演奏会に出る機会を得てきましたが、なんのために演奏会をやるのか、悩んでいた時がありました。
 
悩んでいると、なかなかお客様を呼べないです。
 
が、いつの頃からか、自分にとって演奏会をやる意味と言うのが1つに収斂してきたように思い、あまり悩まなくなりました。
 
これは演奏会に限らず、また仕事場や家庭でも同じことなのかもしれません。
 
あくまでも自分の感じ方なのですが、それは本番に来ていただいた方に、
  ああ、今日はとても良い日だったな・・
と感じてもらって、よし、明日から頑張るぞ!と思ってもらうことです。
 
曲には、それぞれのメッセージがあり、作曲家はそのメッセージを伝えるために、色々な技法や感性を総動員して作品を作っているのだと思います。
 
例えば、恋愛映画が、愛の素晴らしさを伝えるためにわざわざ2時間かけるのと、同じことだと思います。
 
ミサ曲の場合は歌詞が決まっているので、必ず
  dona nobis pacem
というテキストで終わります。
 
要するに、色々あるけれど、またあったけれど、
  dona nobis pacem
が一番、言いたいことで、それは確かに共感するし、すっごいいい言葉だと思います。
 
今回の演奏会を逆算すれば、最後はこの言葉で終わりを迎えます。
 
であれば、その最後の言葉を伝えるために、我々は一致団結して、オケとか合唱とかパートとか楽器の区別なく、また指揮者とかソリストとかの立場も超えて、皆で取り組もうじゃないか、
 
最後、本番のホールで、それを届ける瞬間、それがお客様の中に染み込んでいく瞬間を共有できたら、人生の1ページとして素敵だよね、と思うわけです。
 
ユダヤ教からキリスト教が派生した背景や、また親鸞が支持された理由であろう、シンプルな分かりやすさと言うものは、たとえその言葉の意味を知らなくても、唱えることに意味があり、唱えることで意味を持ってくることなのだと思います。
 
同じように、多くの練習を通じて、何度も何度も繰り返していくうちに、我々だけが作り出せる
  dona nobis pacem
になっていくことが大事なんだと思いますし、それを届けること、そしてこの言葉の意味はよく分からないし、おそらく聴いている大半の人はどんな言葉を発音していたのかもわからないと思うけれど、でも
 
  いいなぁ・・・、いい時間だったなぁ・・・
 
と思ってもらいたい、そんな思いでやっていました。
 
大変ありがたいことに、本番当日は最後のpacem が終わった後、残響が消えいき、しばらくの余韻を我々だけでなく、お客様とも一緒に会場全体で感じることができました。
今思い出しても、涙の出るようなかけがえのない瞬間だったと思います。
 
いい人生の1ページになりました・・・。
 
そして、携わっていただいた多くの方にとっても、素敵な人生の1ページになっていたら、こんなに嬉しいことはありません。
 
改めて、関わっていただいた全ての皆様、ありがとうございました・・!
 
今日も頑張りましょう!
 

演奏会当日のお仕事

事務局長の稲垣です。

第4回Musikfreunde燦の演奏会が終わりました。

お越しいただいた方、ありがとうございました!

ちょっと時間が空いてしまいましたが、当日の事務局長の裏側をご紹介します。

 

当日は、8時30分ごろにホールに到着し、諸々の入館手続きとチケット売上の清算をして、楽屋口を開けて外に集合していた皆さんを招き入れました。

気がつけば、なんとなく文化祭に駆けつけた親のような気持ちで、一人一人に挨拶してました。

みんな、いよいよ、本番だぜぇ。

こういう時は一人一人の顔を見るとテンション上がりますよね。

 

事前の手順に従って、受け取った楽屋の鍵はそれぞれの担当者に渡しているのと並行して、ホールでは早速山台などのセッティングが始まっています。

当然ですが、演奏会は我々だけではできないので、多くの方にスタッフとして手伝ってもらっています。

ステージマネージャのYさん、ロビーマネージャのSさんは、それぞれ経験豊富なので、それはそれはとても見事な仕切りに、安心して大船に乗って従う団員一同。

演奏者ですが、スタッフでもある自分は、いそいそと事務所に行ってゴミ袋を購入し、「燃える」「燃えない」と手書きした養生テープと共に楽屋近くにセッティング。

みんな、間違えちゃダメだぜぇ。

 

ステージ上で諸注意を行ったのち、ステリハ開始。

モーツァルトをやっている間は、合唱は暇なので、人海戦術で行われるプログラムへのチラシ挟み込みに参戦。マグロのように止まることなく、潤いの欠けてきた指を叱咤激励し、チラシをとっては挟み込んでいきます。

 

その後、いよいよシューベルトのステリハ。

声出した瞬間にわかる歌いやすさ。なんと素晴らしきホールなのでしょう・・。

めちゃくちゃ声が飛んでいく・・・!

そうは言いつつ、客席で聴いていたソリストの方からは愛情溢れたダメ出しと共に、ドンピシャりなアドバイスを頂きつつ、ホールの特性を確認しながら、段々とエンジンのかかる団員たち。

音楽総監督が常々言われているように、ステージリハーサルで全力出さないと、本番はそれ以上のできになることはない。

というよりも、ステリハ含めたらあと2回しかこのメンバーで歌う機会がないわけなので、力をセーブするなんて勿体無いことはできません。

出し惜しみしている場合ではないのです。

年取ると緩くなる涙腺を叱咤激励しつつ、油断すると溢れそうな涙をこらえ、すっごい良い雰囲気のままステージリハーサルが終了。

あとはお客様に届ける本番を残すのみ。

 

一旦、昼食をとってクールダウンしたものの、じっとしているのも落ち着かないので、ホール開場後は、贈り物係りのヘルプとして、快晴の公園が見えるホワイエを見ながらのお客様対応。

プログラムの団員リストを見ながら、普段は認識しないであろう送り先の方の下の名前まで一生懸命書かれる皆様。ついつい送り主であるご自身のお名前を書き忘れる方もいて、なんとも微笑ましい。

本番の感想は別にするとして・・・。

 

終演後、急いで着替えてホワイエでお客様にご挨拶。

あまりゆっくり話せなかったけど、久しぶりの方もいて、昔話に花も咲きつつ、名残惜しみつつ、最後の片付けに今一度、楽屋にダッシュ

殿(しんがり)なので、各楽屋に忘れ物がないか、ゴミと鍵を回収し、事務所で退館手続きと付帯設備費用の支払いをして無事、終了。

 

渋谷へ移動しての打ち上げでは、飲食店の人手不足を補うべく、飲み物と料理のサーブを手伝いながら、皆さんの笑顔を肴に美味しいお酒をいただきました。

色々な準備が最後の1日に向かって集約し、花開く様は爽快であると同時に、散り際もまた美しいものだな・・と思った1日でした。

 

演奏会とは、本当に良いものですね・・。

色々とご尽力いただいた皆様、感謝です!

演奏会御礼

5月11日、めぐろパーシモンホールにて開催いたしました Musikfreunde燦  第4回定期演奏会には、多く方にご来場をいただき誠にありがとうございました。
おかげさまで今回の演奏会も無事に終了することができました。
これもお忙しい中、ご来場いただきました皆さま、ご支援やご協力をいただきました関係者の皆さまのお力添えがあったからこそと団員一同、心より御礼申し上げます。
Musikfreunde燦は、これからも一人でも多くの皆さまに音楽を楽しんで笑顔になっていただける活動を続けていきたいと思います。
今後とも皆さまの温かいご支援とご協力をいただけますよう、お願い申し上げます。
XなどSNSでご縁を得て演奏会にお越しいただいた方、ご支援いただいた皆さまに御礼のご連絡を差し上げましたが、こちらでも感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
本当にありがとうございました。

演奏会場(めぐろパーシモンホール)への行き方

ゴールデンウィーク最終日はゲネプロ(Generalprobe:通し稽古)。これで残すところ本番当日のみとなり、緊張感が否応なく高まってまいりました。

チラシなどでご確認いただいてると思いますが、演奏会場のホール名に「めぐろ」とあっても、下車駅は目黒駅ではありませんので、気を付けてくださいね。

めぐろパーシモンホール 〒152-0023 東京都目黒区八雲1-1-1 TEL:03-5701-2924

https://www.persimmon.or.jp/access.html

東急東横線都立大学駅】下車

 渋谷方面より約10分 渋谷駅(各停)→ 都立大学駅

 横浜方面より約20分 横浜駅(特急)→ 自由が丘駅(各停)→都立大学駅

都立大学駅からホールまでの行き方(徒歩7分

 東急東横線都立大学駅改札を出て、左へ進むと目黒通りに出ます。目黒通りの都立大駅前交差点を渡り、そのまま柿の木坂通りを直進します。めぐろ区民キャンパス公園を左に見ながら登ると、ホールに到着します。※街路灯に貼ってある、めぐろパーシモンホールロゴマークが目印です。

 

F.シューベルト ミサ曲 第6番 変ホ長調 D 950

演奏会のメインステージの楽曲解説を、プログラムからの抜粋でお届けします。2ページにわたって詳しく書かれた内容は、ぜひ当日会場でお読みください。
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 ミサ曲とは、カトリック教会の典礼で使われるラテン語の「ミサ通常文」をテキストに持つ楽曲のことで、多くの作曲家により数々の名曲が残されています。本日演奏するフランツ・シューベルトのミサ 変ホ長調 D 950は、彼の6番目にして最後のミサ曲で、1828年の夏から秋にかけて完成されたと考えられていますが、シューベルトは直後の11月19日に31歳の若さでこの世を去り、この曲の演奏を聴くことはありませんでした。
 初演は翌1829年の10月4日に、兄フェルディナント・シューベルトの指揮で行われて好評を博しましたが、残念なことにその後は忘れ去られた作品となりました。転機が訪れたのは約35年後、かのヨハネス・ブラームスが主導して、彼自身がこの作品のピアノ伴奏パートを改定して出版したことにより、徐々に作品の価値が注目されるようになり、現在ではシューベルトの後期交響曲と肩を並べる傑作として、高い評価を得ています。
 この作品は、長らくウィーンの教会音楽協会の委嘱により作曲されたと考えられていましたが、その後の研究により、特定の委嘱や演奏機会のためではなく、作曲者が「最高の芸術の追求」のために自発的に作曲した作品、との見方が有力となっています。
 編成は、5声の独唱(ソプラノ、アルト、テノール2、バス)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2,ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、そして混声合唱4部となっています。

W.A.モーツァルト 交響曲 第36番 ハ長調 「リンツ」 KV 425

 


演奏会当日にお配りするプログラムに掲載の楽曲解説の前半部分を抜粋でお届けします。全文はぜひプログラムでお読みください。

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 モーツァルトの生涯を追ってみると、安定した時期というものがあまりなく、常に波乱と背中合わせになっているような気がしてなりません。本作が作曲された1783年はモーツァルトの結婚という波乱の時期になります。前年に父レオポルトの同意なく、コンスタンツェ・ウェーバーと結婚してしまいます。レオポルトウェーバー家に対してずっと不信感があったようです。以前モーツァルトはコンスタンツェの姉のアロイジアと恋仲になったことがあります。そのことをモーツァルトが父に手紙で伝えると、ウェーバー家とは会ったことが無いにも関わらず、厳しく批判する手紙が届きました。もちろん、モーツァルト自身の無邪気な性格を心配しているということもあるのですが、それを差し引いたとしてもあまりにも厳しい手紙でした。ウェーバー家に関する文献は少なく、何がレオポルトを苛立たせたのかは定かでは無いようですが、ウェーバー家はボヘミアン的な気質が強いと思っていたことが大きな要因と現在は考えられているようです。

 そのような状況でも、なんとか結婚を認めてもらうためにモーツァルトの故郷であり父が住むザルツブルクへ行き、父や姉ナン ネル、モーツァルト、コンスタンツェで3ヶ月ほどの交流を行いました。ナンネルの手紙からはコンスタンツェと教会や音楽会に 一緒に行ったり、食事をしている記述がたびたび残っていますが、残念ながら成果は芳しくなかったようです。

 モーツァルトは生活拠点であるウィーンに帰る途中、リンツに立ち寄ります。地図で見ると、ザルツブルクとウィーンのちょうど 中間にリンツは位置しています。ここで、長年モーツァルトの後援者である、トゥーン伯爵夫妻の邸に迎えられます。トゥーン伯爵 夫人は音楽的な素養が高く、たびたびモーツァルトの手紙にも登場する人物です。少し脱線しますが、トゥーン伯爵夫妻には3人 の娘がいて、長女がラズモフスキー伯と結婚します。ラズモフスキー伯はベートーヴェンの後援者であり、ベートーヴェンが作曲 したラズモフスキー三部作と呼ばれる弦楽四重奏曲でも名前が残っています。

 閑話休題リンツについてすぐ、トゥーン伯爵から数日後に開かれるコンサートのための作曲を依頼されます。それが本作です。 モーツァルトの手紙を信じるならば、数日で作曲・写譜・練習して演奏されたことになります。実際に数日で、演奏されたかは定かではないのですが、先述のようなトゥーン伯爵夫妻との関係や、演奏も彼らが率いる優れた演奏団体だったと考えられるということからも、きっと本当に演奏されたことでしょう。  最後に、この交響曲は上述のような波乱の中で作曲されていますが、翳りの少ないモーツァルトらしい明るい曲です。背景無しでも十分に魅力的な曲が多いというのがモーツァルトの魅力の一つだと思います。